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合同シンポジウム

合同シンポジウム published on

られた明治、られる明治明治150年を考える

 

日時:2018年3月3日(土)13:00〜17:30(開場12:30)

場所:一橋大学(西キャンパス)インテリジェントホール

http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/kunitachi.html

主催:日本史研究会・歴史科学協議会・歴史学研究会・歴史教育者協議会

 

報告者

 原田敬一 「「明治150年」史観・「明治の日」・改憲」

 石居人也 「歴史研究における「明治」をみる眼」

 関原正裕 「明治はどう教えられてきたか」

コメンテーター

 大江洋代 「明治と戦争の観点から」

 横山伊徳 「アジアの中の明治の観点から」

 平井和子 「明治とジェンダーの観点から」

 

参加費:500円

 

主旨文

 今から50年前の1968年、「明治百年」を政府式典で祝うという国家的イベントが催された。政府は、明治以来100年の歩みを、日本が急速な近代化や復興に「成功」した歴史として描き、政府式典を通じて、それを日本中に広めようとしていた。その時、歴史学界や心ある人たちは、1967年の紀元節復活(「建国記念の日」実施)に続く、歴史観の一方的な押し付けであるとして、それを批判し、声明を出し、反対集会を全国で開催した。

いうまでもなく明治以来の歴史には、戦争も迫害も過ちもあった。アジアや世界の民衆と対立し、矛盾を深めた側面もあった。まさに、戦前の日本が、「王政復古」以来、「皇国」日本の世界に対する優越性や正統性を喧伝し、軍人勅諭と教育勅語を支える基盤として顕彰し続けてきたのが、「明治維新」像だった。そのことが軍国日本の膨張政策を支え、世界と対立し、戦争を繰り返した結果、沖縄をはじめ国土の戦場化をもたらし、多大な被害の果てに1945年の敗戦を招いた。「明治百年」記念の国家的イベントは、そうした負の歴史を隠蔽し、戦後、人々が「戦争責任」「戦後責任」の名のもとにかさねてきた反省の重みや、正と負の歴史、光と陰を総合的に捉え、考えていこうとする努力を無視したものだった。むしろ、〈欧米列強と対峙しつつ成し遂げた明治維新〉というイメージを強化することにより、戦後の日本が対米従属下にあり、ヴェトナム戦争に政府や財界が協力していたという重大な事実から目をそらす効果すら狙っていた。

そのような仕掛けが、21世紀の今日、またしても繰り返されようとしている。「明治以降の歩みを次世代に遺す施策」として、史資料の収集・整理・保存・展示やデジタルアーカイブの整備が謳われる一方で、史資料の選別や廃棄がおこなわれ、「明治の精神に学び、更に飛躍する国に向けた施策」の名のもとに若者・女性・外国人の「活躍」ばかりに光があてられようとしている。こうした政府の描きたい歴史が人々に押し付けられるだけではない。150年を期に政府は、過去の特定の歴史事象を讃美することで、現代日本に新たに生起している切実な課題に正面から向き合わない/向き合わせないという情緒的な仕掛けをも駆使しているのである。

21世紀の世界は、多義的な文化を前提として展開するだろう。一国史的な見方は相対化されて久しい。むしろ、従来の歴史学では等閑視されてきた人々・集団・地域から歴史を構想して初めて、あるいは、地球規模の視野によって初めて、わたしたちは新しい世界へと飛び立つことが出来る。歴史学や歴史教育は現在、そうした新しい地平に立っている。豊かな歴史像の提示が人々を励まし、未来を見据えることになる。このような大きな役割を歴史学界は認識しつつ、一面的な歴史像に人々を絡めとろうとする政府の「明治150年」イベントに対峙していかねばならない。

 以上の現状認識に基づき、わたしたち四者協(日本史研究会、歴史学研究会、歴史科学協議会、歴史教育者協議会)は、合同シンポジウム「創られた明治、創られる明治―明治150年を考える―」を企画した。ここでは、原田敬一、石居人也、そして、関原正裕の三氏に、100年と150年の歴史認識・歴史段階の相違、史学史上の把握、明治教育の変遷という多角的な観点から総合的に論じていただく。対して、明治と戦争の視点から大江洋代、アジアの中の明治という問題意識から横山伊徳、明治とジェンダーの観点に基づき平井和子の三氏からコメントをいただく。これによって、100年と150年の歴史状況の相違を意識しながら、権力によって明治イメージが創られ、利用される文脈と構造を、近現代ナショナリズム、新自由主義、グローバリズムの位相において検証することができるであろう。