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表現・言論・学問の自由を擁護し、歴史修正主義・排外主義に反対する大会アピール

表現・言論・学問の自由を擁護し、歴史修正主義・排外主義に反対する大会アピール published on

 本年8月1日に開幕した「あいちトリエンナーレ2019」(主催・あいちトリエンナーレ実行委員会)のなかでの「表現の不自由展・その後」が、直後の8月3日に中止されるという事件があった。これは、展示作品「平和の少女像」について、名古屋市の河村たかし市長が批判したことなどに端を発し、主催者に展覧会へのテロを示唆する脅迫的行為が相次いだことを直接の原因としている。その後、「あいちトリエンナーレ2019」をめぐってはさまざまな議論が巻き起こったが、9月26日に至り、文化庁は、「あいちトリエンナーレ」に対する文化資源活用事業費補助金を全額不交付とするとの決定を行った。
 「表現の不自由展・その後」は、2015年に東京のギャラリーで開催された「表現の不自由展」を引き継ぐものであるが、「日本における「言論と表現の自由」が脅かされているのではないかという強い危機意識」を開催意図としたものである(「あいちトリエンナーレ2019」公式サイトより)。その危惧が現実のものとなったといえる。
 政治家や自治体首長の発言を契機とする脅迫によって芸術展が中止に追い込まれたのみならず、国家の公的機関による補助金が、事後に不交付決定されるという事態に、われわれも大きな危機感を共有するものである。
 このたびの事態は、数々の憂慮すべき問題を提起しているが、歴史の学術研究・教育に携わるわれわれが特に強く危惧を抱くのは、次の諸点である。
 まず言論・表現の自由は、社会の民主的発展に不可欠なものであるが、それを尊重しない政治家・自治体首長の発言が相次ぎ、また社会の中にそれを強く支持する勢力がかなり増大していることである。
 今回の展示中止事件をもたらすきっかけになった「平和の少女像」は、もともと日本軍による「慰安婦」問題・戦時性暴力を批判する韓国の世論と密接に関わり、政治的な役割も果たしてきた作品である。そのため排外主義的な思想を有する政治家・自治体首長の攻撃の的となってきた。それは、近年における歴史修正主義と軌を一にするものである。かつての侵略戦争・植民地支配を反省し、近隣諸国との友好関係を築き上げてきた日本にとって、こうした動向は、夜郎自大な自民族中心主義を育て上げることにしかつながらない。2014年に刊行した『「慰安婦」問題を/から考える―軍事性暴力と日常世界』(本会・歴史学研究会共編)や科学運動での取り組みなどにおいて本会は、侵略戦争を美化し「慰安婦」を捏造などとする歴史修正主義の動きを再三、批判してきた。このたびの事件の背景にある歴史修正主義的・排外主義的思考についても、改めて強く批判されるべきと考える。
 そして今回の事件で顕著となったのは、芸術展への攻撃方法として、政治家や自治体首長が補助金など公的資金の交付や公的施設を会場とすることをあげつらい、その発言が匿名による大量の脅迫的言論を誘発したということである。いわば、問題の本質をそらして自身の正当性・中立性を偽装しつつ、攻撃対象となった作家や関係者による反論や開かれた議論を封殺していくやり口をとったといえよう。文化庁による補助金不交付の決定は、これらの「攻撃」「脅迫」に権威的なお墨付きを与えたという点からも、社会に対する計り知れない打撃を与えるものと憂慮を表明せざるを得ない。
 なお、あいちトリエンナーレ実行委員会の会長でもある大村秀章愛知県知事が、河村名古屋市長の発言を日本国憲法第21条に違反するものであるとした上で、「公権力を持ったところであるからこそ、表現の自由は保障されなければならない」と強く批判したことは、至極まっとうな意見であり、事件の渦中にありながら勇気ある発言をされたことを評価したい。
 このたびの「あいちトリエンナーレ2019」をめぐる事件のみならず、現在、表現・言論・学問の自由を脅かす事態が次々に生起している。歴史教科書や日の丸・君が代をめぐる問題は言うに及ばず、天皇制や侵略戦争、差別への批判は、マスコミにおいてほぼ封殺され、インターネット・コミュニティにおいてはヘイト・スピーチが溢れかえっている現状である。科学研究費補助金の対象となっている研究課題や公立博物館における展示、大学入試の問題にまで、「反日」のレッテルを貼って執拗な攻撃を加えるさまざまな事態が起こっている。それは自由な言論と学術研究を萎縮させ、学問の発展を決定的に阻害するものであり、社会にとって害悪をなすものである。
 学術研究・教育の健全な発展には、表現・言論・学問の自由が重要であることは、論を俟たない。戦前の抑圧から解放されることで発展してきた戦後の歴史学研究にとって、それは原体験のごときものである。表現・言論・学問の自由を擁護することは、健全な民主主義を育て、善隣友好・世界平和を希求する国民の負託に応えるものでもある。
 戦後70年が過ぎ、また本年の天皇の「代替わり」を経て、われわれは、改めて歴史の学術研究の成果を無視し、隣国への差別意識を助長する歴史修正主義及び排外主義に反対するとともに、昨今の事態に深い憂慮を表明し、表現・言論・学問の自由の重要性を強く社会に訴えるものである。

2019年度日本史研究会大会10月13日