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向日市立向陽小学校から発見された複廊遺構(推定長岡宮西宮)の保存についての要望書

向日市立向陽小学校から発見された複廊遺構(推定長岡宮西宮)の保存についての要望書 published on

向日市立向陽小学校から発見された複廊遺構(推定長岡宮西宮)の保存についての要望書

長岡京は延暦三年(七八四)に平城京から遷都して以来、同一三年に平安京に移るまで、桓武天皇が都としたところである。かつては「幻の都」と言われたことがあるが、長きにわたる発掘調査によって都の中心である内裏や朝堂院・大極殿などが発掘され、その全貌が明らかにされつつある。その成果によると、長岡京は平城京から平安京への変化を解明するために重要であるばかりでなく、内裏が西宮(第一次内裏)から延暦八年(七八九)に東宮(第二次内裏)に移ること、朝堂院が八朝堂であること、平安宮翔鸞楼相当施設が発見されたことなど、長岡京固有の特色があることが判明している。
長岡京の特色である重要な遺構のうち、東宮(第二次内裏)は調査がかなり進展し、築地回廊の一部などが現地に保存されている。また、大極殿や朝堂院は多くの建物遺構が現地で保存され、昨年には阪急電鉄西向日駅西口のすぐ北に史跡長岡宮跡朝堂院跡案内所が開かれて、遺跡の公開・活用の模範とされるべき事例となっている。これらはひとえに国や府・市当局の積極的な文化財行政に基づくものであり、大いに敬意を表するところである。
長岡京の中心である内裏や大極殿・朝堂院はおおむねその実態が解明され、その位置づけがはかられているが、唯一なお不明な点が多いのが西宮(第一次内裏)である。西宮は朝堂院・大極殿の北側にあるとされてきたが、その位置からはまだそれに該当する遺構は発見されておらず、近年ではむしろ大極殿・朝堂院の西側に比定する見解が有力となりつつある。西宮が大極殿の北か西かは単なる位置比定にとどまらず、内裏と大極殿との関係という日本古代史上の重要な問題につながり、避けて通ることができないものである。その解明のためには従来の発掘成果の見直しや文献的な検討が必要であるが、最大の鍵が遺構の発見であることは言を俟たない。
さて、昨年一〇月から向日市立向陽小学校において校舎建て替えに伴う発掘調査が行われ、一二月一八日付けの新聞各社の朝刊では、その成果について「長岡宮、幻の西宮遺構か」(京都新聞)などと大々的に報道された。新聞紙上の識者の談話では、今回の遺構を西宮とみる見解が多く、今後の調査と検証が期待されるところである。とりわけ、複廊とその外側と内側の雨落溝がセットで発見され、また発掘区域内の柱穴がすべて残っているなど、遺構の残り具合は良好である。複廊は北面回廊と西面回廊が認められ、重要な施設の北西隅にあたり、施設全体の復元の有力な根拠となるものである。柱穴の大きさ、雨落溝が石組みであるなど、すでに保存されている東宮(第二次内裏)を凌ぐ要素も看取される。掘立柱の複廊は平城宮内裏内郭や後期難波宮の内裏に用いられ、後期難波宮の内裏とは柱間の規模が一致する。内裏級の遺構であることは間違いない。市民などの関心も高く、報道の明くる日の現地説明会であるにもかかわらず、四〇〇名を越える参加があったと聞く。
小学校の耐震補強工事などの校舎改築は焦眉の課題であるが、生の遺構は再現することができない。回廊や雨落溝は旧校舎の東端にあたり、市立小学校の校地という公有地に立地する。その点からすれば、義務教育の教材として活用することが充分に考えられる。地域の文化遺産であることは言うまでもなく、広く東宮(第二次内裏)や朝堂院・大極殿の遺構と合わせることによって、長岡京ひいては日本古代史を考える重要な素材とすることができる。
そこで、以下の二点につき、関係諸機関に強く要望するものである。

一.遺跡を破壊することなく、現地保存の措置をとっていただきたい。
二.学校教材や歴史的な文化遺産として活用できる施設を設置していただきたい。

二〇一一年一月一二日

日本史研究会

文化庁長官  近藤 誠一 殿
京都府知事  山田 啓二 殿
京都府教育長 田原 博明 殿
向日市長   久嶋  務 殿
向日市教育長 奥野 義正 殿

国文学研究資料館アーカイブズ研究系の機能維持と充実に関する要望書

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国文学研究資料館アーカイブズ研究系は、日本の記録史料が散逸の危機にあった状況において、歴史学界の強い要望・運動のなかで1951年に設置され た文部省史料館を前身とする。史料館は、1972年に国文学研究資料館の附置施設となり、2004年にアーカイブズ研究系となるが、今日まで、日本各地の 近世・近現代の民間史料を中心に、その調査・収集・整理・公開・研究などの面で、大きな役割を果たしてきた。直接収集にあたった史料は50万点以上にのぼ り、『史料館所蔵史料目録』(現『史料目録』)・『史料館叢書』(東京大学出版会)・『史料叢書』(名著出版)などを刊行し、史料の公開も進めてきた。

また、史料管理学やアーカイブズ学の面でも研究成果を発信し、「近世史料取扱講習会」、「史料管理学講習会」、「アーカイブズ・カレッジ」と、長年 にわたり、その普及・教育活動にあたってきた。そこでの受講生は、歴史学以外の分野の者もふくめ、3000名近くにのぼり、この分野で多大な貢献がみられ る。そして、これから必要となるアーカイブズ学の国際的な交流の面においても、また公文書管理法制定の動きに見られるように、ますます重要となる現代の公 文書の取り扱いの問題などの面においても、国文学研究資料館アーカイブズ研究系の果たす役割は、さらに大きくなることが考えられる。

しかしながら、国文学研究資料館では、「アーカイブズ・カレッジ」長期コースの廃止など、アーカイブズ研究系の縮小を進めているという。日本史研究 会は、国文学研究資料館が、これまでアーカイブズ研究系が果たしてきた役割を正しく認識・評価し、同研究系の機能を維持・充実させてしていくことを強く要 望する。具体的には、次の通りである。

1 国文学研究資料館アーカイブズ研究系が、これまで同様、日本各地の近世・近現代史料の収集・整理・研究・公開利用の役割を果たせるよう、十分な 人的配置・予算措置をとること

2 国文学研究資料館アーカイブズ研究系が、これまで同様、日本におけるアーカイブズ学の拠点として、研究・教育活動ができるよう、十分な人的配 置・予算措置をとること

2008年12月1日

人間文化研究機構
機構長 金田 章裕 殿

国文学研究資料館
館長  伊井 春樹 殿

日本史研究会