内閣府は二〇二二年一二月六日に「日本学術会議の在り方についての方針」(以下、「方針」)を公表するとともに、この「方針」を基にして日本学術会議会員の選考過程に関与する第三者委員会の設置を含めた法改正の準備を進め、二〇二三年一月に召集される通常国会において関連する法案を提出するという意向を示した。これに対して日本学術会議は、内閣府「方針」が日本学術会議との十分な協議を経ずに出されたこと、その内容が学術会議の独立性を侵害する恐れが多分にあること、そして拙速な法改正を進めようとしていることに強い危惧を抱き、二〇二二年一二月二一日に「声明・内閣府『日本学術会議の在り方についての方針』(令和四年一二月六日)について再考を求めます」を発出した。そこでは「方針」で示された内容について六点にわたる懸念事項が詳細に述べられており、政府に「方針」の再考を強く求めている。これうけて、多くの諸学協会・科学者も日本学術会議の声明に対する賛同の姿勢を示し、日本史研究会も緊急声明「日本学術会議の在り方についての政府方針の再考を求める」(二〇二二年一二月三一日)を出したところである。
しかしながら、政府がこうした日本学術会議や諸学協会・科学者等の要請に全く目を向けることなく、強引かつ性急に日本学術会議の「改革」に関連する法案の提出を進めようとしていることは看過することができない。特に「方針」の中で重大な問題となるのは、第三者委員会を設置して日本学術会議会員の選考過程に関与させるという点である。これは学術会議の自律的かつ独立した会員選考のあり方への介入を可能にする制度への変更であり、第三者委員会の意見を根拠にして首相が会員候補者の任命を拒否することの正当化にも繋がりかねないものである。ナショナル・アカデミーの五要件の一つとして、会員選考における自主性・独立性が謳われているが、現状の日本学術会議会員の選考ルールはそれに適ったものであり、世界のアカデミーに共通する選考方式である。これを敢えて改めなければならない理由はない。今回の法改正の動きは、日本学術会議が学術の論理に則って独立して職務を行うという大前提を毀損することになる点で、「改悪」と評さざるを得ない。
そもそも日本学術会議は、戦時下の学術研究会議が政府によって独立性を剥奪されてその御用機関と化し、科学者が戦争遂行のために総動員されたことの反省の上に立って設立された機関であり、その創設にあたって当時の吉田茂首相は「時々の政治的便宜のための制肘を受けることのないよう、高度の自主性が与えられている」と祝辞の中で明確に述べている。こうした日本学術会議創設の経緯と精神を顧みないまま進められようとしている現今の法改正の動きは、学術を政治に従属させようとする極めて危険なものであり、過去の過ちを繰り返すことにもなりかねず、断固として容認することはできない。
日本史研究会は、歴史学の自由で民主的な研究と普及をすすめる立場から、戦前・戦時の歴史をふまえ、日本学術会議の独立性と学問の自由に対して政府が介入しようとする動きをみせていることに大きな懸念を表明するとともに、深刻な問題をかかえた法案が拙速に提出されることのないよう強く求めるものである。
二〇二三年三月五日 日本史研究会