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世田谷区史編さんにおける「著作者人格権の不行使」問題についての声明

世田谷区史編さんにおける「著作者人格権の不行使」問題についての声明 published on

 世田谷区は二〇一六年から世田谷区史編さん事業を開始し、原始・古代から近現代にわたる史料の収集・調査にあたってきました。ところが、二〇二二年、執筆の段階になって突如、委員(歴史学者)に対し「著作者人格権の不行使」を求め、承諾しなければ編さん委員としての委嘱を打ち切ると通告してきました。私たち出版産業で働くフリーランスの組合であるユニオン出版ネットワークは、この「著作者人格権の不行使」要求に強く抗議します。
 区史は歴史研究の成果にもとづいて編さんされる公的刊行物です。世田谷区史も「最新の(研究)成果を盛り込んで編さんする」「各分野の専門家の執筆による、学術的に高い水準を保ちながら、なるべく平易な文章で区民に分かりやすく、読みやすい区史を編さんする」ことを編さんの基本方針としています(「新たな世田谷区史編さんの基本的な考え方について」)。
 そのためには、学問の担い手である各分野の専門家(執筆者)の著作者人格権を尊重し、専門家と区が対等な立場で協力しながら編さんを進める必要があります。ところが区は、自身の原稿を勝手に書き換えられない権利を含む著作者人格権の不行使、著作権譲渡の承諾を、編さん委員就任の前提条件として提示しました(二〇二三年二月一〇日付「四世企第四〇二号」)。
 著作者人格権は「著作者の一身に専属し、譲渡することができない」重要な権利です(著作権法第五九条)。学術的出版はもとより広く出版実務において、著作者人格権はこれまで尊重されてきました。それを世田谷区が軽視しようとしていることは看過できません。
 さらに依頼主が行政、執筆者が歴史学者の場合、「著作者人格権の不行使」は権力による「歴史修正」へとつながる危惧があります。実際、二〇〇五年に、『流山市史』(通史編・近代史)では二三二八か所もの無断改変が行われ、学術界と社会を揺るがす事件となりました。そのときは執筆者が著作者人格権を保持していたため市側が謝罪し和解に至りましたが、あらかじめ「著作者人格権の不行使」を承諾していたら執筆者が抗う拠り所もありません。世田谷区は「歴史の改変などしない」と言っていますが、執筆者に無断で改変できるような枠組み自体が問題で、悪しき先例として他自治体に波及する危惧もぬぐえません。
 そもそも、区は著作者人格権不行使・著作権譲渡を求める理由に「編さん委員会による編集(のしやすさ)」と「刊行後のデジタル区史の発刊や図表等の二次利用」をあげますが、前者は執筆者と編集者との協議・合意によって、後者は利用許諾によって容易にできることであり、著作者人格権不行使・著作権譲渡を強要する必要はありません。
 そして、こうした自治体史の編さん・執筆には、任期付きの研究員や大学院生が業務委託を受けてあたることも少なくありません。自らのあずかりしらぬところで原稿が勝手に書き換えられるおそれがあり、さらには権力による「歴史修正」へもつながりかねない「著作者人格権の不行使」を条件に契約を交わすことが一般化するとすれば、そのような若手研究者の自由闊達な調査・研究活動を委縮させ、学術研究の未来にさえ悪影響を及ぼす可能性があります。
 専門家をないがしろにする区の対応には、区議会議員、研究者、マスコミからも疑問と批判が相次いでいます。組織に属さない著作権者の権利を守ってきた私たちも看過できません。専門家と行政が協力してより良い区史を刊行するためにも、立ち止まって再考することを区に強く求めます。
 二〇二三年三月一八日            ユニオン出版ネットワーク(出版ネッツ)

※日本史研究会は賛同団体に加わりました。